【小説】約束
私が交わした約束は、誰もが果たせるはずがないと笑った約束だった。
六年前の春、桜のピンクが彩られた青空に迎えられて、私は高校生になった。
入学してすぐに始まった授業についていけず、一人苦しんでいた時初めて、私はあなたに声をかけられた。
「数学、嫌い?」
「はい、嫌いです。やりたくないです。」と私は思ったことを口走っていた。
「そっか。嫌いか。」なんだか残念そうな顔をしていて申し訳ない気持ちになった。
しかし、あなたは続けてこう言った。
「じゃぁ、嫌いなんて言わせないようにしよう。好きになれとは言わないからせめて、嫌いじゃないって言ってもらう。」と。
当時のことを考えると、私は脅されていたのかもしれない。
そんな宣言をされてからというもの、授業が終わると毎回プリントを渡されて、次の日の放課後に答えあわせをするという日常があたり前になっていた。
高校一年生の秋。
いつものように授業の終わりを告げるチャイムが鳴りプリントを渡された。そのプリントに貼られたメモ紙に赤字で「放課後、職員室。兵頭。」と書かれていた。
放課後、メモ紙の指示通り職員室に行った。
「失礼します。一年二組の松田です。兵頭先生は…。」と言い終える前に先生は廊下に出て来た。
「こっち。」それだけ言って、背中を向けた。
ついて来いと言わんばかりの背中を追って、行きついた先は、一年二組の教室だった。
「まぁ、座れ。」と私の席を指差して言った。
何故ここに連れてこられたのか分からず、先生の顔を見ることしかできなかった。
すると先生は、チョークを手にし黒板に何か書き始めた。
「将来、何をしたいか?」私は声に出して読み上げていた。
「そう。将来、松田は何したい?」突然の問に、私は答えることができなかった。
「松田、一緒に教師やらないか?」あまりにも無謀な将来におどろいた。
「いや、無理に決まってんじゃん。」私は、そう言った。
「いや、俺が松田を教師にする。」自信満々な兵頭先生の姿に頼ってしまおうかと思った。
「私を教師にするとか、東大生でも出来ないことだけど出来るの?」と私は問いかけた。
「やってやる。約束だ。」そう言って、先生は私と約束を交わした。
「まぁ、教師になるなら俺を越えてくれなきゃ困るからな。」と子供みたいな顔して言った。
きっと、当時の私達の約束を聞いて、誰もが果たせるはずがないと笑っていたと思う。
そんな約束を交わしてから六年。
二十二歳の私は今日、相模原市の教員採用試験に合格し、中学校の数学教師になった。
合格の報告は、まず兵頭先生と思い携帯を取り出し、電話をかけた。
コールが三回鳴って声がした。
「はい、兵頭です。」と久しぶりに聞く声が、耳をくすぐった。
「お久しぶりです。松田です。」私はうれしさをこらえながら言った。
「待ってたよ。六年越しの約束の結果。」と言った、兵頭先生の言葉に私はおどろいた。
「覚えててくれたんですね!やっぱり私の恩師は違いますねぇ。」と笑いながら言った。
「もちろんだよ。で、どうだった?」
私は一息ついてハッキリ言った。
「はい。相模原市教員採用試験、合格しました。」と。
「お前ならやってくれると思ったよ。」先生の声はいつもよりずっと優しかった。
私は六年間忘れずに一生懸命過ごし、六年越しに約束を果たして今、恩師を越えようと新たに一歩を踏み出した。
高校に入学してから出会った先生との約束を果たす意味も込めて描いたストーリーです。
この作品を見返した時に「こう思っていた時もあったな」と思い出せるような作品を作りました。
完成したのは、高校1年の12月です。
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