【小説】一生の片思い
教卓の両端に手を付き教室内をぐるりと見渡す姿、腕組みをしてぼーっと何処か一点を見つめる姿、うつむいてなにか考えている姿、時計を見る姿、ふーとため息をつく姿その一つ一つのちいさな姿がミステリアスで私は好きだ。
私の1年半の片思いはこうして始まった。
高校1年生になりたてで、学校のことに関しては右も左も分からなかった。
授業もペースが早い挙句、中学時代よりももちろんのことだが難しい。
全教科嫌いになりそうなくらい不安にかられ、追い込まれていた。
でも、数学Iの授業だけは違った。
数学Iの授業は教諭が2人いた。
いつも後ろに立っていたのは、恋をした相手の葉山先生。
顔がかっこいいというより、一つ一つ丁寧で細かいが、面倒臭がりなところが魅力的だった。
葉山先生にしか出せない雰囲気と、なにかと秘密裏な人柄ということもあり、どこかこうミステリアスだった。
そんな先生のことが好きという気持ちに気付いたのは、五月中旬のこと。
気がつくと目で追っていた授業中や休み時間。
なんとなく喋る勇気はないけど、見ていたかった。
見ているだけで癒されるというか、落ち着くというかなんというか。
好きで好きでたまらないという気持ちに気付いたのは夏休みが明けてからだった。
目で追うだけですんでいた時とは違い、頭から離れないし、気づけば葉山先生のことを考えていた。
それからというもの、大好きでたまらない先生がギターを弾けると知りますますかっこいいと思うようになった。
終業式間近になった時、やはり考えたのは異動の話。
葉山先生が異動したらどうしよう。そんなことばっかり考えて涙が止まらない日々が続いた。
あの時たくさん泣いたおかげだったのか、異動はしなかった。
代わりに、仲の良かった先生がみんな異動した。
嬉しいような悲しいような、あの日どんな気持ちで泣いていたのかは、今の自分にもわからない。
葉山先生が異動しないことの安堵から来た涙と仲の良い先生がみんな異動してしまうことの悲しみから来た涙だった。
どちらでもあるといえる複雑な涙を体験したのは初めてだった。
高校一年生の間に将来の夢を決め、二年生の進路を理系にした頃、なんでこの夢になったのか思い出したとき、最初に思ったのは葉山先生だった。
「お前なら教員になれるよ。」そう言ってくれた言葉を信じきっていたというか単純なのか、その言葉を信じて教員を目指そうと思えた。
それからは、"教員"という夢を目指して本気で勉強しようと決意して、一生懸命取り組んだ。
二年生になって数学Bを受け持ってもらった。
嬉しかった。本気で頑張れるって思った。
高校一年生の秋からやってた密会は二年の春後半には無くなっていた。
寂しい思いもあったが、授業で会えてたから寂しさは薄れつつあった。
それから、会話の回数も減り、笑ってる姿を見る回数も減り、すごく寂しかった。
夏休みが明けて、文化祭の準備が本格的になり始めた八月末。
葉山先生と一緒に車で買い出しに行った時、後部座席に乗っていた大きな紙袋を取ってくれと言われ言われた通り、紙袋を手に取った。
すると、「それ、お前に結構早い誕生日プレゼント。」
そう言われて、喜んだ。嬉しかった。
でもその時葉山先生は「修学旅行で使えよ」と少し寂しげな悲しげな顔をしていた。
その顔の意味を知るのは少し後のこと。
初めは言葉のままの意味だと思っていた。
でも、違ったのかなって気づいた。
修学旅行で使えよって言うのは、俺が修学旅行に行けないって言う意味だったのかなって。
そうして文化祭を迎えた9月2日。
珍しく葉山先生から声をかけて来て、久しぶりに二人きりで話した。
「俺、結婚するんだ。」
突然のことすぎて頭が真っ白になったと同時に涙が出て来た。
「だから、二年になってから会う回数減ったんだ。」冷静さを装って言ったけど声はきっと震えていたと思う。
心から好きだった相手の口から"結婚する"という言葉を聞くなんてそんな"覚悟"はできてなかった。
「じゃぁ、リュックくれた時に言ってた、修学旅行で使えよって言葉の意味は、修学旅行に行けないじゃなくて、もうプレゼントすることも密会することもできなくなるって意味だったの?」
震えた声でそうたずねると、葉山先生は言った。
「うん…まぁそうだな。」
文化祭の日に言わなくても…もっと早く言って欲しかった…そんな思いがいっぱいだった。
どうしても素直に喜べなくて申し訳なかった。
「ごめん先生、素直におめでとうって言えない。」
泣きながらそう言った。
葉山先生は、「こっちこそ、ごめん。でも、一番最初に結婚の話をお前にしたかった。」そう言われた。
それに続けて「本当は、あのリュックをお前にあげた時に、結婚の話もしようと思ってた。でも、リュックをもらったお前の嬉しそうな顔見たら…言えなかった。」って。
そういえば、私は何度も好きと言ったけど、葉山先生は一度も好きと言ってくれなかった気がする。
そんな今日という日を忘れることはないんだろう。
この作品は、中学3年生の時に想像で半分書いたものに、高校1年生になってからの現実を混ぜ合わせた作品です。
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