私の感情と感覚、そして生きることと死ぬこと 【4】
3.感情
感情ってなんだろうか。
自分自身の気持ちを、たった漢字2文字で表されてしまうなんて、なんて容易いんだろうか。
私の気持ちは2文字じゃ表せない。
楽しい時だって、面白い時だって、悲しい時だって、怒っている時だって、全部2文字じゃ表せない。
“感情”はあくまでテンプレ。
「世間一般的に」という文頭があって初めて使える。
“感情”は、人を壊す。蝕む。
ちょうど今から1年くらい前。
小説の一文にこんなことを書いたことがある。
私の同級生の少年Oは、私によく相談してきた。
「俺は、思うんだ。感情っていうのは、無くていいものだって。無意味なんだよ、感情の存在って。」
彼はいつもそう言ってから話を始める。
まるで、私に対して「感情で話をしないでくれ」と言うように。
彼と初めて話したのは、高2の春先のことだった。
隣のクラスの男の子で、運動部に所属している彼と私に、接点なんてものはなかった。
きっかけは、彼と同じクラスの女の子への“いじめ”だった。
彼女をいじめていた彼のクラスの生徒のなかに彼もいた。
「どうせやるなら、真っ向からやってあげないと。影でやってたら、彼女いじめられてる理由がわからないままじゃない?」私は、彼の教室を覗きながらそう言った。
「あ?お前には関係ないだろ。俺らが、あいつをどういじめようが勝手だろ。」当時の彼はそう言った。
「そうだねぇ。自由だ。でも、どうせやるなら、自分たちは白だ、止むを得ずこうすることになったんだって言って免れる方がいいじゃない。」
私がそういうと、彼は不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「いや、お前、俺らの味方なの?あいつの味方なの?どっち?」
「どっちの味方でもないよぉ。だって、見てるだけの部外者だから。いや、罪の意識くらいあるだろうから、無罪だっていじめればいいのになぁって。そう思ったから。」
私がそんな発言をしてから、彼は私に声をかけてくるようになった。
私は、彼と話すときだけ、感情のスイッチを切る。
切らないと、彼を傷つけてしまいそうだから。
「俺、どうしたら周りの人と仲良くなれるんだろう。」
高3の夏、彼はクーラーの効いた放課後の教室で窓を全開にして、外に向かってそう呟いた。
生暖かい風が冷気に混じって吹き込んでくる。
「周りの人と仲良くならなきゃいけない理由ってなんだと思うの?」
私は、必ず彼に質問で返す。
「え、だってどうやったって、学生でいる間は一生同級生っているわけだろ?会社に就職したって同期がいるわけだし。仲良くしておくべきなんじゃないかなって。」
「そうなの?私は、同級生と仲良くしなきゃとは思わないよ。年上には可愛がってもらえるし、年下には好いてもらっているし。私は、その感覚は必要ないと思うなぁ。」
私がそう返すと、彼はあぁという顔をして私を見た。
「君はいつも、感情なんて無意味で不必要だって言うじゃない?でも、今の君は、感情でいっぱいだよ。」
私がそう言うと彼はどこが?と返事をする。
「君は、仲良くなれないことに不安な気持ちを抱いている。それは立派な感情だよ。君の不安という感情は、君自身を表現し、存在を意味しているね。つまり、君自身は感情でできているって訳。」
私がそういうと、今度は感情って結局なんなんだ?と聞いてきた。
「一概には言えないけど、感情って言うのは多分自分自身の存在確認だったり、自己表現にあたるものだね。だから、感情がない人って実はいなくて、そんな人がいるとしたらその人はきっと働けてないし、生きていられないね。感情があるから、生きていると自覚する訳で、働く原動力になったり、生きる活力になる。感情がなければ、明日があることすら信じられないだろうし、今この瞬間よりも先のことなんて信じられないと思う。だから、感情のない人っていうのは生きていられないと思うんだ。」そこまで話すと彼は納得したように頷いて、開けていた窓を閉めた。教室の空気がぬるくなった。
そこまで書いて、ペンが止まった。
そこから先は、思いつかずボツになった作品だ。
まさか、ここで使うとは思わなかった。
この小説は私自身の持論を全く同じ形で持った主人公の“私”と現実に存在する少年Oの“彼”との出会いとそこから広がっていった哲学の話を会話文として表現したお話。
登場人物は、2人しかいないから簡単に読めてしまう。
2人の考え方は全てが一致する訳ではない。
もちろん一致する部分はあるのだけれど、ほとんどは意見の相違が発生する。
本来ならここで彼は、持論を押し付けてくるのだが、私には押し付けない。
私との会話の中でこんなことがあったから。
「俺は、こう思うんだ。」
彼がそういうと私は返事をした。
「うん。その考え方もあってると思う。でも、私が同じ状況に立ったら、そうは思わないな。」
私がそう返事をすると彼は少しムッとした表情言った。
「俺は、こう思うんだって。なんで、そんな考え方になるんだよ。」
「それだよ。」
私が間髪入れずにそういうと、彼はなにが?と聞く。
「それ。君のその持論。それを、私に今ちょっと押し付けたでしょ。原因はそれ。だから、同級生と仲良くなれないの。先輩に生意気だって言われちゃうの。大人に、嫌われちゃうの。もっと押し付けじゃなくて、言葉を選んであげないと。君の言ってることだってあってるのに、伝え方ひとつでそれが全て間違ってるみたいに聞こえちゃうよ。もったいないじゃん。」
そう言ってから彼は、意識して言葉を慎重に選ぶようになった。
すると、同級生も自然と彼の周りに寄ってくるようになった。
そんな小説の中で、こうして感情について扱うことがあった。
感情とは、自分自身の存在確認するものであり、生きる活力になり得るものだと私は思う。
0コメント